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本日梅雨明け!!
なかなかホームページが更新出来ずに恐縮です。 関東は、例年より6日早くの梅雨明け発表となった模様です。 いよいよ夏本番です!今日も照りつける陽射しが熱射の如しです。長い様で短い夏であります。 思い思いの今年の夏を、堪能出来たらいいですね。 ![]() 先日、実家の片付けのお手伝いに行っておりました。現在の住まいからは、往復5時間となる道のりを、電車に揺られて行く事になり、朝は勿論、通勤ラッシュ。(@_@) なかなかマメに通う事が出来ないのですが、考えてみれば、私の学生時代は、ほぼ同じ時間を掛けて毎日通学しておりましたっけ。(@_@)一限が体育の時などは、もう少し距離が延びるので、朝の始発近くの列車に揺られてに通った事もありました。実に体力勝負の日々だった月日を想い出すと同時に、そんな当時の自分に感心すらしてしまいます。^^; さて・・・。肝心の片付けですが、その日は外気温が実に30度を上回ったそうで、片付け現場となる我が実家の納戸部屋は、窓が無い! それでなくとも湿気の多い一日で、しかも実家の辺りは、朝から強風。車のドアを閉め様にも、開けたままの状態を風で持って行かれて両手で死守するのがやっとこさ(・・;)。そんな天候状態でした。 従って、部屋の窓も締め切り状態、という中での片付け作業となった訳ですが、この、片付け現場である納戸部屋は、少し動くと蒸し風呂状態。(@_@)母と二人で汗だくになりながらの片付けとなりました。 以前、私の知り合いが、「居住年数の分だけモノが増えて行く」と云う様な表現をした方がいましたが、我が実家は、実に生きている年月分のモノが溜まってたりします。(笑) 実際の所は、去年も大掛かりに片付けてもいますので、上記は少し大げさな表現でありますが、こういった視点から例えれば、ある意味、年月の重みは溜め込んだモノの量でも在りまして、そんな風に年月を感じると云うのも哀しいものがありますが、こうなりますと勿論、一日で片付く訳もなく、又云ってみれば溜め込んだモノは生き様であり、断片であるとも云えるかもしれません。 それが記憶の断片であるなら、尚更の事、本人自らがどこかで踏ん切りを付けねば、在る意味、記憶も気持ちも其処で止まったままの一面を持ち続ける事になり、それが日常に反映されたエネルギーや癒しになっているうちはいいのですが、日々の積み重ねの中では、そういった断片は、増えて行くものでもあります。 身体の汚れは、垢となりて落とす事が出来る様に、過去の諸々の想いと共に、モノとしての貌を為した記憶の断片は、自らが踏ん切りを付ける事で、そのモノ以上に大切な事を心に刻ませてくれたり、気付かせてくれたりと、色々な自己成長に繋がる様な気もします。 ![]() さて・・・。まだ全部が終った訳ではありませんが、日頃の生活空間として使い勝手が良くなる様に、片付けたり家具の配置を直したりと、動いていない空間の空気を少しは動かす事に繋がったようです。そういった空気の流れが動く事で、母の気持ちの入れ替えにも繋がってくれたら何よりです。 そして、動きの無いモノの中に、もし気持ちの中に棘を抱く様なモノが含まれていたとしたら、それをも溶かして行く事に繋がってくれたらいいですね。実際、私の場合は、過去の自分に踏ん切りを付けれる事に繋がりました。(●^_^●) 又、溜め込み過ぎると、当人だけでは何処から手を付けていいのやら、散乱した状態を横目に、混沌としてしまう時もあります。そんな時には、気心しれた間柄の仲間と一緒にやるのもいいです!実際、私も手伝って貰った事がありまして、一人の時よりも、片付けや配置のアイディアなども出たりして、見る見る内に綺麗になっていく様に、楽しさも大きくなり、手伝ってくれる事で、私自身の片付け意欲を養って貰った気がしました。 こういった片付けを通して、想う事なのですが、仕舞い込んでいる大事なものは、日頃から使用したり鑑賞する事で、より意味を為すものもあるかもしれません。 勿論、価値の感じ方や生活スタイルは人それぞれですし、モノにも色々ありますので一概には言えませんが、奥に忘れ去られた様に埋もれているとしたら、それは果して大事にしているのか、置き去りにされているのか。そうした場合、それは大切にしていると云えるか・・・。取って置く事と云う事での自己満足を大事にしているのかもしれない。などと考える時もあります。 モノは持たなければ、何を悩む事も無いのですが、モノを持たない様にする事は何気に簡単な様で難しくもあり、又、生きる上で様々な人間関係もあったりと、単純な様で難しい事でもあります。そしてそれは溜め込んでしまった年月分の量があるだけに、実に大きな想いを抱える事となりました。 出来れば、仕舞い込むのでは無く、常日頃から使う様にして行きたいと痛恨した、そんな我が実家での片付け事情でありまして、願わくば、今年の梅雨が明けた様に、未だ動かぬ空気を抱えた父が、自らに新鮮な息吹と風を通す事の出来る日の来る事を祈らずにはいられない・・・。今回は、そんな気持ちも込めて綴りました。 seira-mio 〜今回の更新後記〜 そこに・・・動かぬ巨岩があった。 その巨岩は、心に訴えようにも言葉は届かず、見る者を辛く哀しくどこまでも置き去りにし、そんな様子が余りに哀しくて有る者は泣き叫び、有る者は罵倒し、どんなに涙が涸れ尽くそうとも、巨岩、自らが変化する事は無く、まして動じる事も無く、己の正論だけを振りかざし、親交など忘れたのかの如し、孤独の御山の大将の様である。 その様子に、朗らかさを感じる事など到底無く、言葉を刃として身に纏っているかの如し、優しさ、慈愛などすっかり忘れたかの様なその様子は、どこかに心を置き忘れたかの様だ。 そんな巨岩であっても、自らを客観視する事が有るのだろうか。 そんな巨岩の大切なものは何だろうか。 巨岩に淀む空気を和ませようと、誰に頼まれた訳でも無く、私は又、道化師を演じてしまった。そんな役回りをし始めたのは幾つの頃だったろう。 自分に出来る何かしらの解決策が、当時の私を動かしたのであろうが、それは同時に、自らを嫌悪し始める切っ掛けとなったのかもしれない。 そんな事を積み重ねても擦り切れたのは私自身であり、巨岩に、未だ陽が差し込む事は無く、月明りが灯る事も無い・・・。 結局、また己自身を動かぬ空気にしてしまい、嫌悪する結果に。 私ったら、何やってんだか(+_+)・・・。(苦笑) 1
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