MIO ANDO

・・・〜・・Blog・・〜・・・
Stained Glass制作に身を捧げるArtist
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5月の個展〜テーマ息吹に向けて〜続/製作スタイル
今回のBlogは先日、3/06付けの「5月の個展に向けて〜私の製作へのスタイル〜・・・」のBlogで、表現し切れなかった私の想いをもう少し自身を振り返りつつ書いております。ですので、タイトルも「続・・・・」とさせて頂ております。

東京では桜の開花便りが聞かれたそうでございます。

ここ連日の風の強さでは、前に歩むその一歩が地に届かずによろめいてしまうと言う時もございました。(・・;)

こうした春の嵐とも云われたゴォ〜ゴォ〜と唸る強い風。その勢いを身に受け、よろめく自身の足取りに、いつも以上に自然の息吹やエネルギーを感じた私は、思わずにっこり。風に足を取られよろめく自分が何だか可笑しくなって声を上げて微笑んでおりました。こうした大自然のエネルギーには本当に、畏敬の念を抱いております(*^_^*)

私の住む地域では、まだ桜もやっと蕾を付けた状態で、開花まではまだ暫らくその経過を楽しませてくれそうです。
この時期、道には私の大好きな花の一つであるユキヤナギや菜の花が楽しげに風に揺れ、息吹を思わせる葉の色と共に陽射しに反射する花の色は、とても艶やかでエネルギッシュな色彩を感じさせてくれています。



先日、3/06付けの「5月の個展に向けて〜私の製作へのスタイル〜・・・」のBloで、私の製作へのスタイルと称しました内容を綴らせて頂いておりますが、こうした春の息吹やお彼岸を迎えまして、今一度 私なりに自分自身を振り返る機会ともなりましたので、改めて言葉にしてみる次第です。

前述のBlogは、既に多少編集し直しておりますが、その時書き切れなかった思いとでもいいましょうか^^;今日は私自身を振り返りつつ、新たに自分の中に出合った言葉と共にその想いも含めて綴ってみたいと思います。


言葉にして表現する事は本当に難しくて、どう言葉に置き換えても云い足りず、自身の持つ語彙力の無さを痛感してしまうのですが、私は自然光や電球と云った、光源の違いや見る角度で様々に変化するステンドグラスの表情に魅了され、ガラスの造形や色彩に表現の扉を開き、感受性と意思を映し出す作品作りを目指して、その表現の可能性を追い続けたいと想っております。

少し解り難い言い回しとなってしまったかもしれませんが、言葉や感受性のイメージを色彩や造形にしてどう表現するか、どう表情にするのか・・・等等、云ってみればそれが、私の製作に対するスタイルとも云えます。

3/06付けのブログ内にも少し書かせて頂いておりますが、まるで映像を見る様に次から次へと頭の中にイメージを写し出していく色彩の映像。駆け巡るその感覚映像は確かに私の頭の中での出来事なのですが、その駆け巡る映像は一つの作品に要する製作日数なぞ全く考慮に入れる事を知りませんので追い掛け、追付くのですら手一杯となり、悲鳴を上げる事も多々あります。笑

例えるならば、私自身を置いて先走る観念とでも表現出来るかもしれません。^^;

勿論、意識的に感覚を納めている時もありますので、いつでも頭の中は映像という訳ではありません。笑

こう云った感覚映像が、なぜ次から次へ私の頭を駆け巡るのか、私自身その理由を知りたい。と思っております。

私がこの感覚映像を捉え、色彩や造形にする事によって、私自身に何を伝えたいのか、私が何を伝えたいのか、そして形を為した作品が私自身へ何を訴えてくるのか。私の分身とも云えます作品それぞれに、私はこうした想いも抱いております。

私と云う製作側の意識がどうであれ、当然作品は、御覧になって下さる方が楽しんで頂ける事を大切に考えておりますが、私の製作への意識スタイルは、私の生きる本質を自身に問うている面を持ち合わせている。と、今一度、認識するに到った次第です。

この問いへの想いは、まだ暗闇を怖がる幼少の頃。
ふと目覚めた布団の中で、父と母の喧嘩の声を聞きながら見上げた天井の木目を見つめ「死んだら私はどこへ行くのだろう」との問いが始りであるとも云えます。

この問いは、後に、ずっと自身に問い続ける事となる「私の生きる本質への問い」となりました。それは物心ついた3歳の時から問い続けている事でもあり、私が自分の生きる本質を、何にどう見出したらその問いに自分の納得が得られるのか。というの想いからであり、又その想いが私の生きる根源と云えるかもしれません。

出口が見えないこの問いに私は無謀にも幼少の頃から問い続け、その問いにどうやって近付いて行くかの扉が開けられない頃、未だ哀しい悲報にとても心苦しくなる集団生活の中での虐めや、後にうつ病や拒食、対人恐怖や自殺未遂、交通事故など、様々な想いと共に私は、何度か生死を彷徨った事もございます。

確かに、色々な経験が人を成長させるとも想っておりますが、その頃の私は、自分でもどうする事も出来ない位に生きる流浪人で在り、まるで自身を傷める事が生きる表現であるかの様に、実にジタバタと もがいている訳ですが、そんな私を見ている両親には本当に哀しい想いをさせてしまった。と 当時の私を思い出す度に今でも詫びる言葉がございません。


私のホームページのプロフィールにも少し書かせて頂いておりますが、後に ちょっとした足の捻挫が切っ掛けとなり、どうした訳か、気が付いたら全身が自分の意思で動かせなくなり、歩行困難。首も自分で動かせず、ほぼ寝たきり状態となってしまいました。

反射性交感性萎縮症と診断を受けた私は、回復の見込みを立てられないと言われたのですが、この時期、頭と意識だけはしっかりしている分、それこそお先真っ暗。回復が時の運なのですから、生きる意欲も何も・・。全てが絶望でした。

どんな感情も入らないのですが、感情も気持ちも無い泪だけが流れる日々の中。どんなに気力を起そうにも身体が云う事を聞いてくれません。こんな状態で何にどう前向きになっていいものやら、眼に映る全てのものに、今感じているような季節の息吹など感じる事も出来ませんでした。只、呼吸しているだけの身体・・。私は誰にも心を開く事もなく、ひたすら流れる日々が続きました。

自身を心地好く感じる状態に置いてみると言う事が、もしかしたら回復の切っ掛けに繋がるかもしれないと言う、お医者様の言葉に可能性を見る以外、他にすがる道は無かったのです。

こうして書いております現在は、そんな出来事の見る影も無くすっかり元気で身体も動かせておりますが、この様に元気に暮らせるのも周りの方々の献身的は看護のお陰と今でも想っております。

この想いが、春の息吹を感じる今、改めて日頃の自身の在り方を振り返る心境に到っているのでもございます。

本来は、この場でこんなにも私自身の事を書く必要も無いのですが、実は私の従兄弟殿が若くして脳溢血で倒れましてもうすぐ一年が過ぎ様としております。

諸事情もございまして、嘗てこの従兄弟殿に命を助けられたと云っても過言では無い私は、この従兄弟殿の事を想う度、私が過去に何度も生命を危ぶむ経験を経ていると云う事もありまして、なんとか力になりたいと言う想いが気持ちを掻き立てまして、これを書かせて頂きました。

子供の頃からの私への問い「自身への本質を問う」事は、今在る命、自分の出来る事をする事で繋がって来るのだと想える様にもなりました。



この場を借りまして、現在もリハビリと社会復帰に向けて頑張っている従兄弟殿に、私をはじめ、いつも案じている人が居る事や、挫ける事無いエネルギーを自らに持ち続けて欲しいと想っている事を励みにして貰えたらと願って止みません。

日々の生活の中、様々な要因で心を閉ざしてしまいたくなる事もございます。

前述の従兄弟殿を始め、こうしてBlogやホームページ等を御覧下さるご縁を頂けました方が、少しでも気持ちが温まり、前を向いて歩みたくなる様な・・励みとなる作品との出会いになって頂けましたら光栄です。


〜今日のブログの最後に〜
このブログをお読み頂いた皆様。長々と私事の想いを綴らせてしまいました。最後までお読み下さり有難うございます。

作品を作る私と云う一製作者の人間性の面とお受け取り頂けましたら幸いです。

過去に何度も生命を危ぶむ経験を経ている私は、今在る命は自分の出来る事をする、それが自身への本質を問う事に繋がっているのだと想える様にもなりました。この気持ちを忘れる事なく、製作に向かって行きたいと考えております。

流れる川にガラスの輝きを再認識し、自然の表情の中に移り行く季節を感じてガラスに色彩を見出したりする今、嘗てからの私自身の問いへの道標をガラスの輝きの中に見出したのかもしれません。

回復後日談となりますが、製作漬けとなっている数年間に、私は二度と経験するとは思えない事もありました。其の中の一つに、活字が全く書けなくなると言う出来事があります。

今となっては思い出話ですが、有る時、必要があって名前を書こうとしたら、鉛筆の持ち方すら解らなくなっており、数字は元より平仮名、漢字に到るまでどんな形だったかすら全くチンプンカンプンになってしまっていた事がございます。

しかもこの時、事態は免許更新の為の必要性でしたので、これにはさすがに私も大変な焦燥感を味わいました。

長々と書き連ねてしまいましたが、元より言葉にして伝えるのが余り達者で無い質の私。今日のブログも言葉に出来ているかの懸念は拭い去れません。

そんな想いを抱きつつ・・・ではありますが、今日綴らせて頂きました様々の想いの言葉は、今回の個展タイトルとなりました。

ご案内状(DM)が出来ましたら改めて掲載させて頂きたいと想っておりますが、今回の個展タイトルは「〜息吹〜」」とさせて頂いております。

いつも温かく応援して下さる皆様。本当に有難うございます。

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